第11章 第1部 エピローグ
その夜、フォルトゥナの街には、ようやく静寂が戻っていた。
戦いの余韻はまだ街のあちこちに残っているが、それでも人々は、明日へと向かおうとしている。
そんな中、バージルの寝室の扉が、静かに開いた。
入ってきたのは、ビアンカだった。
彼はそれに気づいていたが、何も言わなかった。
彼女は躊躇う様子もなくそのまま部屋の中に入ってきて、彼のベッドに、彼の隣にそっと横たわる。
そして、確かめるように、彼の体に触れた。
バージルは、それを拒絶しない。
今までは、どこか距離があった。
契約を交わしたとはいえ、それはあくまでビアンカの命を繋ぐためのもので、互いに踏み込みすぎる理由にはならない。
しかし、契約を結んだことをきっかけとして、2人の関係にも新たな変化が生まれつつあった。
バージルは、静かに目を閉じる。
彼女の指先が、頬をなぞる。
温かい。
それは、確かに「生きている者」の温もりだった。
あの時、ビアンカを失うかもしれなかった恐怖。
そして、彼女を失わずに済んだ安堵。
その感情を、バージルは今さらながらに自覚する。
彼は静かに目を開いた。
それにより視線が、絡み合う。
ふたりの呼吸が、静かに重なる。
まるで、確かめるように。
まるで、ようやく辿り着いたかのように。
バージルは、そっと顔を寄せた。
ビアンカも、静かに瞳を閉じる。
そして契約で結ばれた二人が、初めて、ちゃんとした口づけを交わした。
おそらく、ネロができたあの夜以来、初めての。
互いの額が、そっと触れ合う。
指が絡まり、鼻先が触れる。
そして、唇が何度も優しく重なる。
まるで、恋人同士のように。
まるで、今この瞬間を確かめ合うように。
ビアンカは、微笑んだ。
「バージル」
「……」
彼は静かに目を開く。
彼の、その薄縹色の瞳が、すぐそばにある。
ビアンカの声は、どこまでも穏やかだった。
「愛してるよ」
バージルは、一瞬だけ息を詰める。
この言葉を、どう返せばいいのか、彼にはその術を持ち合わせていなかった。
しかし彼女の指を、そっと握る。
優しく、しかし決して離れないように。
それが、彼にできる唯一の答えだった。