第1章 再会
吹き荒れる風と、焼けつくような悪魔の気配。バージルは、古びた街の外れにある建物の屋根を踏みしめ、眼下の光景を見下ろしていた。夜闇の中、ただひとつだけ明かりの灯る窓。その向こうに、目的の女がいる。
──ビアンカ。
この女の存在を知った時、バージルはほんのわずかに驚いた。彼がたった一度だけ交わった女が、子を成していた。
「……くだらん」
そう吐き捨てながらも、こうしてここに足を運んでいる自分自身を、バージルはどこか冷めた視点で見ていた。それがスパーダの血を引く子供でなければ、興味を持つことはなかっただろう。だが、魔剣士の血統を引き継ぐ存在がどのような可能性を持つのか、それを確かめずに放置するほど、バージルは愚かではなかった。屋根から音もなく地面へ降り立つと、戸口の前に立つ。扉を開けると、温かい灯りが彼の影を長く伸ばした。
室内には、ビアンカがいた。彼女は窓際の椅子に腰かけ、腕の中に幼子を抱いていた。バージルと同じ、銀色の髪。小さなその子供が、ぼんやりとした瞳でこちらを見上げる。
「……お前が、そうか」
独り言のように呟いた言葉に、ビアンカがゆっくりと顔を上げる。驚きに目を見開き、まるで幻でも見ているかのような表情。
「……バージル……?」
息を呑むような、掠れた声だった。バージルはその反応に何の感慨も抱かず、ただ無言で歩み寄る。
「……見せろ」
ビアンカは彼を警戒するように身を強張らせたが、やがて観念したように、腕の中の幼子をそっと差し出した。バージルはそれを片腕で支え、ゆっくりと持ち上げる。小さな、頼りない重み。その顔をまじまじと見つめる。
「…………」
バージルは何も言わなかった。目の前の赤子をどう評価すればいいのか、判断しかねていた。力を持つ存在なのか。それとも、取るに足らぬ人間なのか。
「……返して」
ビアンカが手を伸ばし、バージルの腕からネロを奪い取る。彼女の手に戻った幼子は、満足そうに母の胸に身を預けた。
「アンタ……まさか、ネロを殺しに来たんじゃないよね?」
ビアンカの声音には、警戒と怒りが滲んでいた。バージルはただ冷静に言葉を返す。
「……スパーダの血を引く子供だ。殺す理由などない」
そう。この子が「スパーダの血統である」という一点のみが、バージルの関心を引いた理由だった。