第5章 栄光の目前 〜決勝トーナメント準決勝〜
●藤堂 ??● 〜???〜
アイスボトルを取り上げられたことで、行き場をなくした両手に、今は真っ白なタオルが乗っかっている。
だから、温タオルに顔を埋める時のように。
両掌で支えたタオルに、私は顔面を押し当てた。
部で愛用している柔軟剤の匂いが、呼吸と共に鼻を通っていく。
心なしか繊維の中に、覚えのない匂いが混じっているのは…
ホテルのコインランドリーで洗っているからなんだろうということは、容易に想像できた。
コインランドリーか…
そんなこと、マネージャーたちはいつの間に済ませていたのだろう。
全く気がつかなかった。
それはそうと、この柔軟剤っていつから使っていたっけ?
入部したてはこれじゃなかったよな?
それは、一般的に言われる“自分の匂い”とは、またものが違うんだと分かっている。
それでも、嗅ぎ慣れた部愛用のその香りは。
あたかも実家に帰ってきたような安らぎを、確かに私に与えてくれたんだ。
目を瞑らずとも、視界はタオルに覆われて、既に暗闇に近かった。
視覚を失った私にとって、今この時。
最も研ぎ澄まされる五感は、まさしく“嗅覚”だった。
そのタオルの匂い。
いつも私のそばに居る香り。
今、私に与えられた全ての情報を、“嗅覚”を通して見透かした先に、浮かんできたものは…
“地元”。“学校”。“体育館”。
そういうものたちだった。
視界の自由を奪われた瞬間。
私の頭に広がったのは、いつもと同じ風景だった。
だから私は思い出したんだ。
メンバーは同じ。
監督も同じ。
サポートメンバーも備品も同じ。
違うのは、場所だけだということを。
「この程度の違いに。
そんな重圧に負けるな。」
マネージャーから手渡された、慣れた香りを放つタオルに。
そう、背中を押された気がした。