第1章 スタート
2回表の打席、稲村亜美はカウント2-2からの内角速球に詰まり、セカンドゴロ。
「やっぱり、インコースが…」と、小さく息を吐く。
4回、二打席目。大阪の先発・大槻はインコース主体の攻め。カウント1(ボール)―1(ストライク)からの厳しいインコース直球に差し込まれ、バットは鈍い音を立てた。打球は無情にもショート正面。
ベンチに戻ると、瀬川が静かに声をかけた。
「力んでるな。もう少しリラックスしろ」
「…わかってる」
(分かってはいるけれど……)
わかっていても、身体が反応しない。
このときはまさか、以前の試合まででもこれくらいインコースに差し込まれていたことくらいはあったし、この打席であんなに長期の不振になるきっかけになるとは思っていなかった。
ラッキーセブン・7回表、三打席目。再び大槻の厳しい内角攻め。追い込まれた末のスライダーにバットが空を切る。見逃せばボールだったかもしれない。悔しさを押し殺しながらベンチに戻る。
そして九回表、最終打席。
「頼む、4番!」
仲間の声援が響く。だが、インコースを意識しすぎたせいか、甘い外角の直球にすら差し込まれた。打球は平凡なレフトフライ。
そのまま、9回まで試合が進み、試合は2-1で西の雄・大阪に敗戦。ベンチで悔しさを噛み締める亜美の背中に、瀬川の視線が注がれていた。