第9章 悲しき彼女の悪夢
「嘘……でしょう…?」
時忠が私の前に仁王立ちをしていた。
時忠の前には天人が。
倒れた天人が。
刀は血まみれで、この現場を見ただけで、何が起こったかは一目瞭然。
「緑……さん……。」
時忠が振り向いた。
彼は肩から腹にかけて、裂かれていた。
「時……忠。」
そう言った瞬間、時忠はその場で崩れた。
私はいそいで彼を持ち上げる。
「時忠…なん…で…?」
私は彼に何もしていない。
彼の上司は辰馬であって、私ではない。
なのに…。
「緑さん…、けがは…ないですか……?」
この場におよんで、まだ人のことを心配している。
「そんなのどうでもいいわよ!!早く…、手当てをっ!」
時忠は、少し幸せそうな顔をした。
「俺…うれしかったです……。」
「そんなの今はいいから…。」
「緑さん…に、時忠って…言っていただいて…。」
「もう、話さないで…。」
時忠は笑みを浮かべた。
「俺…母上に昔…教えられたんです……。」
「時忠!」
「綺麗な花は……刀が護るものだ…って……。」
だんだんと力がなくなっていく。
「あの時は…、意味なんて……わか…らなかった…。だけど今なら…、わかる…気が……するんです…。」
「……。」
「俺は…大事な花を……護るために……この世に生を受けた…………んだ……って…。」
時忠は、私のほほに手をやった。
「緑さん…俺…。」
「あなたに会えて……よかった…。あなたは…生き……て…………。好き……で…………………………………………」
雨が降り出した。
曇天の空は今にも崩れそうだった。
時忠を静かに寝かせた。
泣くことなんてできない。
泣けない私は。
静かに本陣へ戻った。
刀を戦場にさして。