第1章 これまで
弟が退院していたのを知ったのは、一人暮らしが始まってしばらく後だった。
たまたま配達のアルバイトで見かけた3人はかつての仲のいい家族そのもので、とても声を掛けることなど出来なかった。
ましてや弟に駆け寄ることなど。
身を隠すように踵を返して去った。
これでいい。良かったのだ。
何度も何度も、自分の気持ちを誤魔化した。
そうしているうちに何も感じなくなった。
…何も感じなくなったと思ったんだけどな。
「…っ」
ポロポロと溢れる涙が膝を濡らす。
長年押さえ込んでいた感情が堰を切ったように溢れて喉を駆け上がってくる。
気付けばいっぱいの涙で目の前が見えなくなっていた。
「…けて」
止められない涙と一緒に小さく声が出る。
自分の気持ち、答えがハッキリした旨をサイタマさんに伝えなくてはいけない。
しっかりと次は聞こえるように
「助けてくださいっ…!」
高ぶるままに心の叫びを口にする。
私は生きたい、生きていたい。
目の前まで迫り来る怪人を前に、サイタマさんはニッと笑って言った。
「よく聞こえたぞ、その声。」
大きな怪人に固く握りしめた拳を大きく振りかぶった。
一撃。
あんなに勢い凄まじく迫り来ていた怪人は粉々に弾け飛び、足元にバラバラと転がった。
怪人の体液が2人の沈黙に降り注ぐ。
サイタマさんの大きな背中を見て、自分が今この時を生きているということを素直に"よかった"と思えた。
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「よし、帰るか。」
どのくらいの時間だったか、しばらくしてからサイタマさんが座り込んだままの私を振り返って手を差し伸べた。
太陽に照らされた頭と、相変わらず間の抜けた表情でいる彼の手を私は優しく握った。