第1章 ヒーローみたいですね
(ん?)
ふとグラウンド脇のベンチに目をやると、ボールとタオル一式が置きっぱなしのままだった。
他のメンバーは全員自分の荷物を取ったから、誰か1人が忘れ物したに違いない。
國神はタオルを手に取り、縁に目を凝らすと、油性ペンで確かに書かれていた。
"逸崎 透"
(あ、あの女子のか……)
「國神ー。帰らねえの?」
「……いや、先帰ってくれ」
メンバーを先に返して、残った國神は改めて考える。
(荷物一式置いてったってことは、またここに戻るつもりで、帰ったわけじゃねえのか)
練習ならボール置いていくわけねえし、走り込みに行ったのか?
「!」
相手チームが遠目に向けていたあの眼差しを思い出した。
あれは明らかに、
・・・・・
睨んでいた。
その先がもし、うちのチームじゃなく、女子の逸崎個人だったら……
(まさか……)
何か嫌な予感がして、國神はタオルを握ったまま走り出す。
國神には一つ、経験則で言えることがある。
周りより卓越した能力や容姿を持っている人は、必ず目をつけられる。
出る杭は打たれるというものだ。
己を高めるための羨望ではなく負の劣等感を抱く人間が、どれほど酷く劣悪で卑劣になるか、よく知っていた。