第2章 また明日な
車の中で静かな空間が続く。
「……」
「……」
逸崎は運転席とは反対側の、窓の外の雨上がりの景色をぼーっと眺める。
「……雨、すっかり止んだわね」
「……そうですね」
相変わらずの他人行儀で、沙織さんはハハハと苦笑いする。
ただ少し、いつもとは違った。
「……私の母さんって、どんな人だったの?」
「!!」
沙織さんは一瞬、フロントガラスから目を離して、逸崎の方へ目を見開く。
驚きつつも、「うーん、そうねえ」と続ける。
「何事にも積極的に取り組んで、自分の好きなことには妥協しない心の芯があったっていうか。そういうとこは、母親譲りかもね」
沙織さんにとっての姉。逸崎の母親はそんな女性だった。
「……でも……"私の好き"は…
・・・・・・・・・
あのバカにとっては…"呪い"だった」
逸崎は涙声をネックウォーマーの中で殺した。
小さい頃から慣れ親しんで使っていて、安心するその暖かい中で、冷たい記憶を掘り起こす。
お互いに高め合っていくライバルだと思っていた。
男女関係無しに接してくれる数少ない理解者だと思っていた。
それなのに、唯一の身内であるそんな兄にさえ、最後の砦だった家族にでさえ、否定されてしまった。
『お前のサッカーは絆なんかじゃない。もはや呪いだよ』
・・・・・・・
アイツにだけは……
・・・・ ・・・・・・・・・・
そんな事、言われたくなかったよ……
沙織さんはハンドルを切りながら、大人らしい助言をする。
「透くんも……まあ、色々あって、きっと本音で言ったわけじゃないよ。お互い1人で考える時間が必要になった。貴方たち兄弟には、十分な休養が必要になった。そうでしょ?」
「……沙織さんには、感謝しているよ」
逸崎は小さい頃から、秋田の空気が好きだった。
東京のごちゃごちゃした喧騒の都会よりも、緑と透き通った空気に満ちた母の生まれ故郷の方が、住むにはよっぽど心地いい。
それに、いい環境でサッカーをするのが、夏休みと冬休みの楽しみでもあった。
まさか高一で引っ越すことになるのは、想定外ではあったが。