第2章 また明日な
逸崎は沙織さんに車のキーを渡す。
「早く送って差し上げないと、夜遅くなっちゃいますよ」
「そ、そうね!ごめんなさい國神くん!玄関前に停めるから待っていてね!」
沙織さんは駆け足で玄関を出て、その場で2人きりになった。
さっきまでは、グラウンドや外にいたから、室内で2人だけでいるで、國神は何か緊張してきた。
逸崎は一息ついて、椅子に座っている國神に言う。
「何か…うちの叔母が余計なこと言ったみたいだね」
沙織さんはアクティブで明るい性格な故、相手の事情や気持ちにお構いなしに、簡単に踏み込むことがある。
一緒に住んでいる逸崎はそんなデリカシーの無さに、身内とはいえ困り果てることがある。
「それ含めて、今日は色々…迷惑、かけたね。ごめんなさい」
逸崎は今日1日の出来事に関して、バツが悪く軽くお辞儀もして申し訳なさそうに言う。
「いやぁ。全然…良いんだが……」
國神はそれよりも、聞いてみたいことができた。なったばかりの友達に向けて。
出されたココアを飲み干して、席を立ち上がる。
「お前、何でサッカーやってんだ?」
「!!」
逸崎は目を丸くする。
「何なのその質問」
「いや、お前、小さい頃から熱中してやっていたって沙織さんも言ってたし、周りの奴らからの嫌がらせとか色々辛いこともあったって言っていたから、なんつーか」
自分の首に手を当てながら、はっきりと自分の気持ちを表す。
「お前がそんな中でも、好きなサッカーを貫いて今まで続けてきたには、何か特別な理由やきっかけがあるのかなっつーか」
「……」
逸崎は國神から目を逸らし、瞳の奥で"その記憶"が蠢いた。
白いカバーに包まれた無惨な遺体。
不吉な新聞記事。意味のなくなったトロフィー。
車椅子。叩かれたスポーツ雑誌。
東京の淀んだ曇り空と、ずっと雨が降って欲しいと願った虚しい日々。
それらは全て、サッカーを辞めるには、十分な動機過ぎた……
「……憶えていない。気が付いたらやっていただけだよ」
逸崎はこの時初めて、國神に嘘をついた。