第9章 別れの時
トオルと最後に会ったのはいつだっただろう。
あれは、確かとても寒かった2月だったような気がする。
バレンタインにトオルにチョコレートを渡したのを覚えている。
そのバレンタインが過ぎた辺りで最後に会ったように思えるのだ。
最後に会う当日、私は自宅で着物の着付けをしていた。
私は、常日頃から着物を着るのが好きだった。
トオルにもその着物姿を是非見て貰いたかったのだ。
私は“塩沢”の紬(つむぎ)の着物を持っていた。
紬と言えば大島紬が有名だが、新潟県魚沼市塩沢で作られている紬も有名だったのだ。
その塩沢の紬を私は派遣社員時代に50万で購入していた。
かなり高額な商品だと思う。
塩沢の紬は国の伝統的工芸品に指定されている。
特徴は、たて糸に生糸・玉糸を、よこ糸に真綿手紡糸を使用し、手括り・手摺り込みによる絣糸を1本1本合わせて織り上げた極細の十字絣・亀甲絣等の絣模様は独特の上品さと落ち着きを醸し出している。
指定品には「伝統証紙」が貼られている。
私は、その伝統証紙が貼られた反物で作った紬を持っていた。
この日も上手く着付けが出来たと自分では満足していた。
紬の下に着る長襦袢の色を何故、からし色にしたのかと、着付けをしている時思っていた。
からし色ではなく、朱色にしておけばもっと色っぽかったかも知れなかった。
そんな、着物姿でトオルと横浜駅近くで待ち合わせをした。
どこで待ち合わせをしていたのかは覚えていない。
きっと、高島屋かルミネのどこかだろうと思う。