第9章 9(夏油視点)
「苗字名前…です」
「よろしくね」
「はっ…はいっ」
「これが漢字」
そう言って返って来た上着の内ポケットから学生証を取り出し見せた。
高専の事はオフレコだったがバレた所で信じる筈がない。
そんな事を言いふらせば彼女自身も頭がおかしいと思われるだろう。
だから敢えて見せた。
「夏油傑…」
「都立高専2年、苗字さんと同じ17歳だよ」
「夏油術師…それ以上は…」
私の自己紹介を補助監督が遮る。
知った所で非術師は信じない。
それは私自身が身をもってよく知っている事だ。
「呪術高専?」
「私は呪術師なんだ」
「え…」
「信じるかどうかは苗字さんの自由だよ」
「夏油術師!」
補助監督の焦った声が車内に響く。
別に緘口令が出ている訳でもないし、秘密にしなければならないという事も無い。
ただ非術師の為に呪いの事は極力秘匿するよう心掛けなければならない…というだけ。
私自身も極力秘匿しなければならないと思っている。
それだけの事だ。
「あ…あの…」
「この事は他の人達には秘密だよ」
優しい笑顔を作り、ピリピリした空気を和らげる。
“2人だけの秘密”
これ以上の特別は無い。
「は…はい」
彼女は頬をピンクに染めながら控えめに頷いてくれた。
このまま距離を縮めて何か聞き出せると良いのだが…
「苗字さんは紅茶とコーヒーどっちが好き?」
「紅茶です」
フロントガラスの向こうにドトールの黄色い看板が見えたのでさり気なく好みを質問する。
“ブーッ…ブーッ…”
しかしタイミング悪く携帯が震え始めた。
ポケットから取り出しディスプレイを見れば友人の名が出ている。
「何かあったのか?」
『なんもねーよ
それより終わった?』
「酷い雨だから待機している」
『車だろ?
さっさと帰って来いよ』
通話ボタンを押し、携帯を耳にあてれば中学生のような口調で友人が帰りを急かしてきた。
任務がさっさと終わってしまい暇なのだろう。
「分かった、雨が落ち着いたら帰る」
『セクシーな年上美女でも引っ掛けたか?』
「は…?」
『気取った喋り方してんじゃねーよ』
苗字さんの目の前なので、イメージを崩さないよう冷静な声色で会話をしたら電話の向こうから指摘が飛んでくる。
まったく…