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残穢

第1章 1(夏油視点)




予想外だった。

振袖姿の君は何事も無かったかのように着飾り地元の友人と世間話をしていた。

私など存在していなかったかのように…

「夏油様お帰りなさ~い!」

「お帰りなさい」

「二人ともただいま」

造りの古い集合住宅の玄関で靴を脱いでいると,幼い同居人が嬉しそうに駆け寄ってきた。
昭和を知らない私にも分かるくらいこの部屋は昭和だ。
当時は同潤会のようにモダンなコンセプトで造られたのかもしれない。
住民の植木や物干し台が置かれた屋上には社交場の名残がある。
図書館の写真集コーナーで見た同潤会アパートの屋上写真を連想させる風景だ。

いや…それは褒めすぎか…

「夏油様どうしたの?」

「フラれちゃってね」

「夏油様のカノジョ!?」

「カノジョ?」

幼い少女2人が思いもよらない単語を口にする。
一人は唇を尖らせ、もう一人は縫いぐるみを抱き締める腕に力が籠る。
どちらにせよ不満そうに私を見上げている。
だから正直に答えた。

「うん」

それは私の願望かもしれない。
約2年間、恋しくて会いたくて心配で何度も夢に見た。
しかし連絡をする訳にはいかなかった。

彼女は“非術師”だから。

私の作る世界には必要のない存在。
存在してはならない存在。
大切な両親を手にかけてまで筋を通した意味が無くなってしまう。

彼女を殺したくない。
殺せるわけがない。

私は矛盾している。

「夏油様のカノジョになる!」

「ずるい」

私の脚に抱き着いて見上げてくる幼い瞳は“今の私”という虚像を“本当の私”だと信じているに違いない。

「なら勉強と片付けを頑張らないとね」

そう言って二人の頭を順番に撫でる。
傷だらけの汚れた姿で座敷牢に閉じ込められていた二人。
今ははしゃぎながら家具の間を縫うように駆け回っている。

「静かにしなさい
 下の階の人に怒られてしまうよ」

「「 はーーい 」」

「6時に出かけるから、それまでに着替えておきなさい」

「「 はーーい 」」

2人に告げて自室に足を踏み入れる。
そこは私の腹の中。
真っ暗な部屋で証明のスイッチをオフからオンへと切り替える。
外出まで約一時間。
袈裟に着替えるつもりだったが、そんな気は失せていた。
このままでいい。
彼女と会ったこの姿のままで。
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