第1章 プロローグ
光秀が白い手袋を嵌めながら部屋を出ると、使用人が『馬車のご用意ができております』と声をかけてきた。
敷かれた絨毯を踏みながら玄関に進むと、光秀が来た方向とは逆から信長が姿を現した。
信長も一平兵の装いで、光秀と違うところがあるとすれば軍服の色が黒いというだけだ。
光秀「信長様、おはようございます」
信長「貴様の部隊は早朝訓練だったな」
光秀「ええ、場所は信長様の隊と同じです。信長様の部隊は昨夜から寝ずの訓練でしたね」
信長「夜は龍輝に任せた。どうなっているか見物だ」
光秀「疲弊したところにお館様が出向いては、部隊の者達も堪(こた)えますね」
信長「忍びを目指すならば、一晩寝ずとも動けるようでなくては使えん。
なんならお前の隊に朝一番で吹っかけるか」
光秀「俺の隊の者は血の気が多いですよ。あまりおススメしません」
信長「ふっ」
二人は大股で歩きながら同じ方向へ向かっていく。玄関に着くと待っていた使用人が大仰に扉を開けた。
開いた向こうはまだ夜明け前の薄闇。
信長の軍服は同化し、光秀の白い軍服が青紫に浮かび上がった。
馬車が2台用意されているのを見て信長が低い声で言い放つ。
信長「行き先は同じだ。1台戻しておけ」
この国で生まれ育った者のように言葉遣いは流暢だ。御者が一礼して、去っていく。
ガタン
二人が乗り込むと馬車は動き出した。
薄いカーテン越しにおぼろげな景色が浮かび、出てきた屋敷の隣の建物に、もう一台馬車が停まっているのが見えた。
信長「軍神はまだ出ておらぬか」
信長の声に光秀が謙信の馬車を見た。
光秀「『朝の挨拶』が長引いているのでしょう」
信長「相変わらずだな」
苦笑した二人を乗せた馬車は訓練場へと走り去った。