第3章 受胎
そう思いながら、私はベートーヴェン作曲の月光の第一楽章を弾いた。
この曲は、静かな中にも響きがあり、悲しく厳格な中にも美しさがあり、無限の絶望、無の世界の音楽とも言われている。
これを弾いたのは絶対、さっき頭に思い浮かべた小学生探偵のせいだ。
その後に「悲愴」を弾き、「カノン」も弾いた。
どれも有名な曲でどれも全部好きな曲。
自由気ままに時間を忘れて満足するまで弾き続けた。
カノンを弾き終わり、いい気分転換になったと思い蓋を閉めた。
すると、教室の入り口に五条悟が口元を歪ませて立っている。
なんでこいつは私のいるところいるところに現れるんだよ。
ストーカーかよ。
監視下にあるから目を離せないだけなんだけどさ。
こうもずっと見張られてると疲れる。
「なに?」
「いや、誰が弾いてんだろうと思ってね。結構うまいじゃん」
「は?どこがだよ。楽譜通り弾いてねえんだからうまいわけねえだろうが」
「そうなんだけど、なんかって感じがして僕は好きだよ」
「口が悪くて態度が悪いってか」
「素直じゃないな、ほんと。ってさ意外と繊細で優しいでしょ。音って嘘つけないんだね」
「………うるせえ」
私は五条悟の脇を通って教室の外へ出る。
音は嘘をつけないだって。
そんな事わかってんだよ。
だから嫌なんだろうが、お前にそう思われたって事が。
「くそ」
気分よかったのに、一気に下がった。
でも、あそこにピアノがあるってわかっただけでもいい収穫だった。
明日も弾きにこよう。