第11章 試行
無我夢中で私は走って。
辿り着いた場所はなぜか、虎杖がいるあの地下室だった。
「夏油?どうしたんだよ」
息を切らす私の姿を見て虎杖は驚いた表情をした。
何も言わずに私はソファに座る彼の隣に腰を下ろした。
困惑する虎杖の姿が目の端に映ったけど、しばらくすればピタッと動きを止めた。
わずかな沈黙の後、頬を掻きながら虎杖は口を開く。
「げ、夏油。あのさ……、えっと、首……、あ、いや、なんでもない」
「……なんだよ、言えよ」
「だって、それ……さ」
口ごもる虎杖。
その顔は若干赤いような、だけどどこか複雑そうな表情で。
こいつなりに気を遣っているのかなんなのか。
あ、やっぱり見えるところにつけたのか。
本当に最悪だ。
私は軽く息を吐いて。
「キスマークだよ」
ハッキリと、ごまかすことなく、そう言った。
「……無理やり、とかじゃないよな」
「無理やりだって、言ったら虎杖はどうするの?」
「……………」
横目でちらりと見れば、虎杖は眉間に深く皺を寄せていて。
驚いてしまった。
初めて見たから。
虎杖が怒っているところ。
「怒んなよ。確かに無理やりだけど、私が油断してただけで、これ以上は何もされてねえよ」
五条悟のことは言わなかった。
のは、虎杖に失望されるのが怖かったから。
虎杖を失望させたくなかったから。
だから言わなかった。