第3章 裏切りの香り
さくらが城に来てから、女中としての仕事に慣れたり輪に馴染めたのは、あおいの存在があったからだ。
あおいは明るく快活で、何かとさくらの世話を焼いてくれる存在だった。
食事の時も、仕事の合間も、いつも一緒に過ごしているうちに、さくらは自然とあおいに心を許すようになっていた。
自分の生い立ちを話せたのもあおいだけだ。
あおいはさくらの事を他の女中たちに言わなかった。
あおい「秀吉様にそんな風に助け出されたなんて…良いな。」と羨ましそうに言うだけだった。
そんなある日、あおいがさくらに少し恥ずかしそうに頼んできた。
あおい「ねえ、秀吉様のこと、もっと教えてくれない?私は秀吉様をお慕いしているの。だから、何か知ってることがあれば教えてほしいのよ。」
さくらは心がぎゅっと締めつけられるのを感じた。
でも、あおいにすら秀吉様に対して募らせている恋心を、言うことが出来なかった。
自分と秀吉しか知らないことを言うのは気が引けたので、あおいには適当に協力するふりをして、誰でも知ってるような情報しか伝えなかった。
秀吉に恋心を抱く女は、城の中にも外にもわんさかいた。
彼が廊下を歩けば、女たちは声を潜めながら「素敵だ」「男らしい」と声を上げる。
城下を歩けば、町人の娘や商いの女からも黄色い声が上がる。
さくらは自分が秀吉様と恋に落ちることなどあり得ないと思っていたし、恐らく彼女たちもまた、本気でどうこうなるなどと思っているわけではないであろうとさくらも思っていた。
しかし秀吉を好きだと言ったあおいの、僅かな違和感が気になった。
あおいは秀吉に強い執着がありそうなのに、さくらが秀吉を見る目と明らかに違った。
いつもの明るい笑顔が、どこか影を帯びているし、奥歯を噛んだり、眉に力が入ったり、ふと顔を伏せたり、遠くを見ることが増えていた。何があったのか、とさくらは少し心配になった。
気になりだしたらさくらの心の中のモヤは大きくなるばかりだった。
嫉妬ではない嫌な予感に動かされ、悪いとおもいつつあおいの荷物を探った。
そこには手ぬぐいに巻かれた短刀が入っていた。