第1章 出会い
夜更け、彼女は誰にも気づかれないようにして外に出た。
月明かりが川面に淡く反射し、静かな波が暗闇の中で揺れていた。
包丁を握りしめ、彼女は川のほとりに座り込んだ。
生ぬるい風に薄い衣が体にまとわりつく。
喉元に鋭い刃を押し当てたその瞬間、鉄の冷たさが肌に染み、死がリアルに彼女に迫った。
だが、いざ力を込めようとした時、さくらの手は思うように動かなかった。
手のひらは汗で湿り、包丁をしっかり握り込むことができない。
手が震え、足もふらつく。
死にたいと思っていたはずなのに、なぜか身体がそれを拒絶している。
目からは次々と涙が溢れ出し、止めどなく頬を伝い落ちる。
さくらは驚きと戸惑いに包まれた。
あれほど死を願っていたのに、なぜここで自分は足を止めているのか。
「どうして…」声にならない言葉が喉の奥から漏れる。
毎日が地獄で、生きる価値など何もないと思っていた。
それなのに、まだ生きようとしている自分がいることに気づいた時、さくらは包丁を手から
落とし膝から崩れ落ち、情けなく泣いた。
またやってくる明日に絶望し、死ぬことさえできない自分への怒りが沸いた。
この世にしがみついている愚かさが不思議だった。
川辺で泣き崩れていたその時、ふと背後から足音が聞こえた。
人の気配に驚き、咄嗟に顔を上げると、一人の武将が馬を止めてこちらを見つめていた。
すぐに目を伏せその場から立ち去ろうとした
「どうした?何があった」と低く、優しい声がかけられた。
さくら「放っておいてください…」震える声で返した。
武将はさくらの様子をじっと見つめ、静かに言葉を続けた。「思い詰めているな。」
その言葉が、さくらの心に突き刺さる。
さくら「卑しい身分の私に、あなたのような方が声をかけるべきではありません。」
「身分など関係ない、死にたいのか?」と武将は即座に返した。