第28章 兄と妹
マスターの車で自宅に連れて行ってもらい、
必要な分だけの着替えを手早く準備した。
もしまたお母さんと鉢合わせでもしたら。
そう思うと……
また過呼吸になりそうな程、怖かった。
学校に寄って、パンクした自転車を運んでくれて。
最後にスーパーにも行って、夕飯の買い出しと一緒に、歯ブラシなんかの消耗品を買ってくれた。
私は、買い物するマスターを車の中で待った。
蜂楽の指の形にくっきり残る、首の跡。
車のドアミラーで、何度も確認した。
マスターが住むマンションは、蜂楽の家から車で15分くらいの場所にあった。
10歳も年上の男性の部屋に入ることは、当然戸惑いがある。
見知った仲だけど……“お兄ちゃん”だけど。
今までそう思って、生きてきたわけじゃないし。
「……お邪魔、します。」
「もう体は大丈夫そうだな。少し安心した。」
蜂楽とのことで、まだ頭は混乱してるのに。
この妙な緊張感までもが、私を更に困らせる。
「……えっ……」
玄関からリビングに入って驚いた。
部屋の真ん中にはイーゼル。
棚にはたくさんのキャンバスと油絵の具。
絵のモチーフに使う静物や、石膏像まで。
「マスター……絵、描くんですか?」
「趣味レベルで大学受からせてやる自信はねぇけど。俺にできることはやってやるよ。」