第8章 黒か青か (悟ルートへ)
先輩の声は冷たくて威圧的で、背筋が凍りそうになる。
皆が興味津々といった感じで、こちらを眺めているせいで、視線が痛い上に居心地が悪い。
私に選択肢はない。五条先輩に、私と傑お兄ちゃんが恋人関係であることを知られて脅されている現時点では。
「約束……しましたけど」
溜め息を吐きながら渋々頷くと、五条先輩は満足そうに口角を上げた。
「よし、じゃあ明後日は夕方に迎えに行くから用意しとけよ」
「……はい」
拒否権がないとはいえ、本当に行くことになってしまった。しかも、あんまり好きでもない五条先輩と夏祭りに。
もう嫌だと叫びたいのを必死に堪えて力なく頷くと、隣に居た傑お兄ちゃんが眉間に皺を寄せていた。
「悟、その話はさっき終わっただろう。兄として、私は許可出来ないと言ったはずだ」
「はぁ?過保護かよ。五条家の車でゆめを送迎するし、遅くならないようにするって、珍しく俺が譲歩してやるってのに」
何が譲歩なのか。椅子に座ってふんぞり返った態度で言う台詞じゃないと思うよ、先輩。
案の定、傑お兄ちゃんの神経を逆撫でしたようで、「コイツ何言ってんだ」と言いたそうな表情で呆気にとられていた。
空気が本格的に険悪になる前に、静観していた家入先輩が仲裁してくれた。
五条先輩も小さく溜め息を吐いただけで、それ以上突っかかるようなことはしなかった。
「他人の扱いが雑な五条が、一から十まで面倒見るのってのは珍しいから、今回くらいは良いんじゃないの」
最後は家入先輩の軽い一言で、傑お兄ちゃんは怒りの矛を収めて難しい顔をして悩み始めた。
五条先輩は得意気なドヤ顔でこっちを見ているけれど、別に私は何もしていないので胸を張ってドヤ顔されても困る。
「俺、夏祭り行ったこと無いんだよな」
何気ない五条先輩の一言で、傑お兄ちゃんも家入先輩も、数秒ほど顔を見合わせた。
そして、何やら合点がいった様子で苦笑しながら、二人で五条先輩の肩をポンポンと軽く叩いていた。
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