第7章 薄夜の蜉蝣
「だめ?」
首を傾げてあざとく聞いてくる彼の視線から逃げるように、目の前の黒いシャツに顔を埋めて黙っていると、返事の催促が始まる。
敏感な耳の裏からフェイスラインを指先でなぞられるだけで、昨夜の熱い熱い情事が思い出されて、ぶるっと体が震えた。
それだけで照れて視線を泳がせる私に気を良くしたのか、傑は楽しそうに笑っている。
「ダメじゃないの……知ってるくせに」
「知ってるけど、ゆめの口から聞きたかったんだよ」
私の照れ隠しの文句を無視して、傑は平然と言う。
そして、私の反応を楽しむように顔を近づけてくる。
あと少しで唇が重なる、という所で私は背伸びをしてすかさず傑の首に腕を回した。
「……傑、愛してる」
ありふれた愛の告白。
私は傑の唇に自分の唇を重ねた。私の口付けを受け入れ、嬉しそうに目を閉じると、彼は強く私を抱き締めてくれた。
「私も愛してるよ」
傑はそう言って微笑むと、また私に触れるだけの口付けをした。
今度は私から彼の背に手を回して引き寄せて、少しだけ深く重ねる。
夏の空の下、幸せに溺れるように、私達は何度も何度もキスを繰り返した。
この甘やかな時が、この先もずっと続いていくことを確かめるように。
愛おしい人から与えられる熱は、こんなにも心地が良いのだから。
END.