第12章 狼さんの甘咬み✿
「後でメールする」
耳元で囁かれた言葉にドキッとしたけれど、平静を装って髪を弄りながらコクリと頷いた。
さっさと歩いていってしまう後ろ姿を見つめていると、
「ゆめ……悟に何か言われたのかい?」
近付いてきた傑お兄ちゃんが、挙動不審な私の様子を見て尋ねてくる。私は慌てて首を振って否定したが、完全否定するのも不自然な気がした。
「あ、えっと……うん。今度、呪力操作教えてやろうかって、五条先輩が。この間、私が任務失敗しそうになったの話したから」
思わず早口でそう言って笑ってみせると、傑お兄ちゃんは何か言いたげな表情をしていたけれど、それ以上は追求してこなかった。
「傑お兄ちゃん、お昼ご飯一緒に食べよ」
話題を変えようと提案すれば、お兄ちゃんは微笑んで頷いてくれた。
五条先輩と家入先輩は先に食堂へ向かってしまったようだ。私たちも早く行かなきゃ。
「ゆめ」
名前を呼ばれて振り返ると、傑お兄ちゃんが少しだけ屈んで私の額に口付けた。
一瞬のことで反応できずにポカンとしていると、笑いを噛み殺しているのか、彼の垂れた前髪が私の頬をくすぐる。
「悟と仲が良いようだから妬けた」
悪びれた様子もなく、お兄ちゃんはそう言って先に歩いていってしまう。
廊下でキスするなんて、誰かに見られたらどうするつもりだったのか。私は額に手を当てたまま、立ち尽くしてしまった。
「ゆめ、どうしたんだい?」
棒立ちになっている私を心配して戻ってきた傑お兄ちゃんが声を掛けてくれるまで、私はその場に呆然として立っていた。
子供の時から変わらず、苦笑しながらも手を差し出してくれるこの人は、紛れもなく私の大事な人だ。
もし、この関係が壊れる時、傑と私は兄妹ではいられなくなってしまうのだろうか。
開いた窓から聞こえる蝉しぐれのせいか、私の心にもざわざわと不穏な影が広がっていく。
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