第12章 狼さんの甘咬み✿
同じベッドで過ごした短夜。
名残惜しくも、早朝に五条先輩は自室へと戻ると言い出した。
傑お兄ちゃんが目が覚める前に戻っておかないと、私たちが一緒にいたことがバレるからと、さり気なく気を遣ってくれたのが嬉しかった。
「またな」
逢瀬の終わりを告げる、シンプルな別れの挨拶。私のおでこに口付けひとつ落とし、五条先輩は去っていった。
ドアがバタンと閉まった後、一人きりの部屋は静寂に満たされた。
カーテンを開けると、いつもと変わらない爽やかな朝の風景がある。
昨日の出来事は全部私の妄想で、本当は何もなかったんじゃないかと錯覚してしまいそうになる。
けれど、私の部屋には、確かに五条先輩が居た痕跡が在る。
汗と体液が染み込んだシーツとタオルケット、ゴミ箱に残る避妊具の箱と大量のティッシュ、鏡を覗き込めば己の肌に散る赤。
ベッドサイドテーブルに置かれた桔梗の髪飾りと、床に滑り落ちた浴衣。
すべてが昨夜一緒にいた事実を物語る。
五条先輩は傑お兄ちゃんと顔を合わせないようにするためか、足早に午前の任務に出て行く予定らしい。
私も朝の身支度を整えて準備をするけれど、足腰の怠さが嬉しいような、苦しいような、初めて湧き上がる感情に何だかそわそわする。
「お兄ちゃん、話があるの」
お昼の時間、お兄ちゃんに午後の任務がないことを確認してから、高専の校舎裏に呼び出した。
ジリジリ照りつける太陽を避けて歩き、建物の影になっているベンチに座り込んで待って考え事をしていると、突如、頬に冷たいものが押し付けられた。
「ひゃあああっ」
驚いてバッと横を向くと、結露した紅茶のペットボトルがいた。
「油断してたね、ゆめ」
したり顔のお兄ちゃんに覗き込まれた。
声にならない悔しさを込めて、垂れている彼の前髪を引っ張る仕返しを行った。
改めてペットボトルを受け取ると、お兄ちゃんが食堂で二人分のパンを買ってきてくれていたことに気付く。私がお昼ごはんを買っていないことを見透かしていたのだろうか。
抱えている紙袋から焼き立てのパンのイイ匂いがして、私のお腹のほうが先にお兄ちゃんに挨拶してしまった。
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