第9章 翼と風
「う〜ん、気持ちいいわね〜」
ある日のよく晴れた昼過ぎ。俺はロード様を連れて城の一番高い屋根の上にいた。
「いつもの風だと思いますが……」
俺たちの主であるロード様は時々、こうして妙な頼みごととかをする変わり者でもあった。そして今日は俺がそんなロード様に捕まった番。城の屋根の上まで連れて行って欲しい、と。
「そお? 貴方とこうして風に当たっていると、より心地よい風になるわ」
とまた不思議なことを言うロード様の気持ちなんて、俺には分からない。だが、屋根の上に連れ出すことくらい簡単なことだし、これくらいいくらでもやっていいと思っていたから連れ出しただけだ。ただ、アルフレッドに言われ、ロード様を両脇から抱えるのはやめろと言われたから、横抱きするようにはなったが。俺にとっては、どっちでもよかった。
「いいわね、貴方の翼は。こうしてより多くのものを見て風に当たっているのね」
とロード様はずっと一人で喋っている。とはいえ俺も話す方ではないから、ロード様に気遣わせているのかもしれない。
「……ロード様は、翼が欲しいと思うのですか?」
あの日の友人のことを思い出しながら俺はそう言った。俺は、知っているのだ。自分以外の何かになることが、危険だということを。
「ううん、そうじゃないわ」ロード様は首を振った。「イカロスの翼が、カッコイイと思っただけよ」
「そうですか」
俺は素っ気なく答えてしまったが、ロード様のその回答に安堵している自分も確かだった。そう思ってしまう程には、俺はロード様を敬う心があったのだと自分でも驚いたが。
「それに、空を飛びたいと思ったら、貴方に連れて行ってもらったらいいものね」
ふふ、と笑うロード様。その優しく笑む彼女を、俺はどれくらい守れるのだろうか。
「お前が望むなら、どこへでも連れて行きます」
「ありがとう、イカロス。頼もしいわ」
「あ、えっと……お前じゃなくて、アナタ……」
アルフレッドに散々口調を直せと言われていたのに。まだまだ俺は口が悪い。
だけど、寛容なロード様はクスクスと笑うばかりだ。
「貴方は貴方でいいのですよ、イカロス」
ロード様の声が優しい。
俺は、頭を下げた。
「有り難きお言葉です、ロード様」
もう少しだけ、屋根の上の時間を独占したいと思った。
おしまい