第1章 Ⅰ*エルヴィン・スミス
時間通りの起床に、軽く朝食をすませてから身支度をして家を出る、変化のない毎日。
しかしその日はイレギュラーが続いた。
玄関を開ければストッキングの伝線に気付き、バスを待てば交通事故で遅延、電車に乗ろうとすれば信号機の故障、出勤時間もとうに過ぎていた。
会社に連絡をいれて、ため息を零してしまう。
遅延証明書を片手にタクシーに乗り込むと、普段聴くことのないラジオの音が耳に入る。
―続いての曲はエルヴィン・スミス氏の作曲で話題の"Wings of liberty"―
『………は?』
聞き間違いだろうか、たしかにラジオのパーソナリティーはエルヴィン・スミスと口にした。
「どうかされましたか?」
『今…、エルヴィン・スミスって…』
「最近ラジオでよく聴きますよ。娘も好きでね」
運転手は流行りの曲は聴かないけれど、この曲は良いと話しているけれど、すでに彼女耳には届いていない。
バッグからスマホを取り出した。
この情報社会において、何故今まで検索をかけなかったのかと自分自身に呆れていた。
エルヴィン・スミス(36)…
英王立音楽大学卒のピアニスト…
スミスレーベル代表取締役……?
Wings of liberty…
作詞Levi Ackerman
作曲 Erwin Smith
歌No Name…
15年以上も夢を見続けて、ひょんなことから彼を見つけたと思えば、自分とは生きる世界の違う人間だった。
画像検索に出てきたエルヴィン・スミスは彼女が最も良く知る顔だった。
現実はとても残酷だ。
思い続けていた自分が、とても惨めな存在に思えてしまった。
馬鹿みたい…心の中で呟いてスマホの電源を落とした。