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鬼が人の心を宿す時【鬼滅の刃】*短編集(ほぼ鬼)

第2章 The Light in the Abyssー前編【猗窩座】



「準備、整いました。始めましょう」

そういうと、バスローブは静かに降ろされ、その鍛え上げられた猗窩座という一人のキャンパスが露わになる。

奇妙なタトゥーそのものが、痛々しい過去を見せているように思った。


インスピレーションが下りると、スイッチが入ったように、その体に『破壊』を刻みはじめる。

筆を持つ手は、震えていなかった。
目の前には、最高のキャンバスがある。
余計な雑念は入る余地すらない。

ただ湧き上がって感じる破壊の衝動を筆にのせて動かす。

身体という硝子の壁を打ち破ったように
荒々しくも、時には繊細に、赤黒い色を肌にのせていく。
それは、彼の内側にある、誰にも見せてこなかった、繊細さと衝動による破壊された深い傷のようだ。

「……これで、終わり?」

彼がそう尋ねる。

「……いえ。…まだ、足りないです」

わたしは、そう答えると、彼の顔に手を伸ばした。彼の表情を、感情のない、人形のようなものに変えていく。血色を抑え、目の下に影を入れる。
仕上げに黒く細い繊細な線をガラスを割ったように張り巡らせたそれは、まるで、彼の魂が抜けたかのような、空虚な表情だった。

「終わりです」

彼は、鏡を見て、何も言わなかった。

ただ、一瞬驚いたような表情を見せた後、
その瞳は、わたしが意図していた作品を完成させるように空虚を纏う。

その瞬間こそ、その作品の完成だった。



撮影現場へと向かうその背中を見送ったあと
全てを出し切ったようにそこに脱力する。
しばらく動けなくなるほどにやり切ったのは、学生の頃以来だった。






「終わりました」

彼女がそういった時、その額には汗が滲み、目は見開いたまま、荒れた呼吸が大きく肩を揺らしていた。俺の作品を創り終えたその姿は、まるで命を燃やし尽くしたかのようだった。

「……っ」

不覚にも、声が漏れた。
彼女が俺に施したペイントは、ただの絵ではない。それは、俺がこれまで隠してきた過去の傷や、心にある痛みを具現化したものだった。そして、それを完璧に表現し、昇華させた彼女の才能に、俺はただ圧倒されるしかなかった。

この女は、俺の全てを理解し、受け入れてくれる唯一の人間だ。
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