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鬼が人の心を宿す時【鬼滅の刃】*短編集(ほぼ鬼)

第2章 The Light in the Abyssー前編【猗窩座】



今日の仕事は、完璧な出来栄えだった。
仕事内容的にも道具が多かったため、いつもよりも大きいキャリーケースを運ぶのも少し重労働だ。

「お疲れ様です!」

見慣れたスタッフの声に軽く会釈を返し、ビルのエントランスに出た瞬間、蒸し暑さと雨の前触れの匂い。

見上げれば、さっきまで晴れていた空が嘘のように黒い雲に覆われている。

「え…どうしよ…」

駐車場が少なく狭くて遠いためタクシーで来たのだけど、待つところもろくにないところだ。

あれ…また、手が震える…。
確実に濡れるしどうしようと呆然と空を見上げていると声が聞こえた。

ふとそちらを見ると、マネージャーさんと話しながらこちらに向かってくる猗窩座さんと目が合った。

「…猗窩座さん、今日はお疲れ様でした」

焦っているのを悟られないよう笑顔でそう言うと、わたしの荷物と空と交互に視線が行くのを感じた。

「お疲れさま。荷物、そんなにあったんだな…」
「はい。ボディーペイントの時はいつもこんな感じで…」

なるほどとでもいうように頷いた後、もう一度わたしを見る。

「車は?」
「今日はタクシーで来ました」
「乗れ」
「へ?」

間髪入れずに無表情でそういう彼が、一瞬耳で拾った言葉が信じられないものだった。

「道具が濡れると困るだろう。乗っていけ」
「え…でも…」
「待たせてる」

ふと、彼の後ろで待っているマネージャーさんを見ると、
「構いませんよ」とだけ言った。

ちょうどその時、雨がぽつぽつと降ってきて、次第に雨脚が強くなる。

「先にこれ積んできてくれ」

そういって、わたしの横に置いてたキャリーケースをとって、マネージャーさんに手渡すと、それを受け取って返事だけして軽々と持って走っていった。

「あ…なんだか、ごめんなさい…気を遣わせてしまって」
「構わない。傘が二本しかない。この方がどっちも濡れないだろう」

わたしの手を掴み、強引に傘の中へ引き寄せられた。
突然のこの状況に頭が追い付かない。
ただ、体に鍛え抜かれた体温と硬さが伝わった瞬間、心拍数があがり、どこか心の温かさを感じた。

「……ありがとうございます」

声が震えた。彼と、たった一本の傘の下で肩を寄せ合う。
近すぎる距離で感じた香水の香りと、少し湿った雨の匂いが混じり合い、上がった心拍数はなかなか下がってくれなかった。

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