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鬼が人の心を宿す時【鬼滅の刃】*短編集(ほぼ鬼)

第2章 The Light in the Abyssー前編【猗窩座】



バスローブ姿の下に鍛え抜かれた逞しく美しい肉体の彫刻があることは、ファンより知っている。

何度か、練習で付き合ってくれたから。

案外、彼は優しい人だと思う。

もちろん仕事関係だけの要望だけど、こちらがお願いしたことは一度も”NO”と言われたことがない。

同時に、彼から滲み出す憂いた雰囲気と眼差しが退廃的で狂おしいほどにわたしの芸術への探求心を呼び起こし、共鳴するように思えた。



ローブを着た彼がわたしの前に立つ。

さらりとはだけさせて、わたしの最高のキャンパスが露わになる。

あぁ、この美躯に筆を落とすのだ。

無の中の憂いがこちらを見た。

その瞬間、彼そのものがわたしに憑依する。
それが、わたしが彼の筆師になる瞬間だ。

「頼む」
「はい。よろしくお願いいたします」

無駄な会話など必要ない。

用意した色を指先が掬い、
ひたりひたりときめ細かく硬い白肌に触れる。

素地に合うグリッターを混ぜた淡暗いグレーでタトゥーを隠す。
手で隙なく塗り広げる手から感じる体温は、鍛えている人の温度。

その温度が作品を溶かすことのないよう、下地としてのその色をしっかり塗り広げていく。

相手をキャンパスと思って仕事する以上、わたしを突き動かすのは、魂が織りなし引き出される芸術性のみ。

素材としての彼も、プロ意識からか、素人ならくすぐったがる箇所も力も入れずに、ただ呼吸と共に体躯が上下するのみ。



どくり

どくり…


作り置き、用意していたカラーがパレットから掬われる。

パレットから離れた筆が、肌に乗った下地の上で曲線と線を生み出す。

あぁ…
まるで、思い描いた彼にふさわしい線が浮き出てくるかのよう。

「こう描いて欲しい」

体の奥の魂が訴えている。

被メイク者の肌に触れると、その内側にある、誰にも見せてこなかった部分にリンクすることがある。

猗窩座さんはそれが顕著で、
彼の中から湧き上がってくる内に秘めた寂しさや怒りを強く感じた。

わたしはそれを色やアートに変えて肌に刻むように描いていく。


当人は何を思ってか微動だにしない。

そこにあるまっさらなキャンパスかのように。

ただそれは、わたしが仕上げる作品を信頼しているかのようで心地がいい。

気づけば無我夢中で体に筆を走らせて、わたしは無で芸術を泳ぐ魚のように絵画を仕上げていた。

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