第1章 禍根【江戸後期:鬼舞辻無惨】
数日後、牙羅が戦い、明らかに劣勢となった瞬間、紗枝が現れたのを奴の目の情報から知る。
牙羅は紗枝に頸を撥ねられた瞬間を確かに感じ取った。
その瞬間、背筋が凍り、激しい吐気に襲われた。
翌日の日暮れ、屋敷に鬼殺隊の隠密からと思われる、一通の文が届けられていた。
「下弦の壱討伐。その場にて、岩松紗枝の亡骸を確認…」
私は、その報告を受けながら、言葉を失った。紗枝は、私に告げた通り、夫と共に死を選んだ。彼女は、私の手で鬼にされることを拒み、最後まで人間のまま、自らの意思で人生を終わらせたのだ。
その場に、彼女が残したものは何もなかった。ただ、最後に残した言葉だけが、私の魂に深く突き刺さっていた。
「わたしは、いつかあなたの傍から消えます」
彼女の死は、私にとって初めての「喪失」であり、力では決して埋められない「空洞」を私の心に開けた。
もう遺体もなければ、姿を見ることも叶わない。
彼女の魂を喰らうこともできず、夢に見ることもできない。
ただ、ここで過ごした記憶が鋭い刃となって身を抉っていく。彼女の姿、声、そして、私に与えた「虚無」という痛みとなって。
この虚無こそが、私を永遠に縛る鎖と変貌した。
そして、この虚無は、私を、さらに冷酷で、無慈悲な存在へと変貌させていく。
そして、沢山の判断を見誤り、感情に走るのを止められなくなった。