第1章 出逢い
(あっ、転んじゃう!)
と思った瞬間、凛帆の身体は逞しい腕に捉えられていた。
「大丈夫かっ!?」
二人の顔が近づく。
脩二と同じ濃い茶色だが脩一の瞳のその奥は激しい荒々しさを秘めていた。まるで真冬の時化た海の様な――――――
「だ、大丈夫ですっ………すみませんっ!」
凛帆はパッと身体を離したが、細い二の腕は大きな手でガッチリと掴まれたままだった。
「悪い悪い、どうも女の人のエスコート?ってやつ?慣れてなくってさ。足捻らなかった?」
慌てて車から飛び出してきたのだろう。脩一は少し息が上がっていた。
「ほ、ほんとに大丈夫ですのでっ、ありがとうございましたっ。」
「怪我なくて良かった。じゃっ、俺一軒仕事やっつけてからまた戻ってくっから。」
やっと脩一の手が離れた。
「今日に限ってしょうもない仕事頼んでくる間の悪い爺さんがいてさ。また後で………」
少し伸びた髪を無造作に掻き上げ、脩一は車に戻った。
砂煙を上げて走り去るRV車に凛帆は深々と頭を下げた。
何故か――――掴まれていた二の腕がまだ熱い。
脩一がいなくなって急に心細くなったが、車の音を聞きつけて屋敷から出て来た人の笑顔で凛帆の不安は吹き飛んだ。
ふっくらとした体つきの温かい雰囲気を持つ、いかにも田舎の『お母さん』といった感じの凛帆の義母となる人。
「あらあら、こんな田舎までよく来てくれたこと!」
「こんにちは。はじめまして、凛帆です。これ、お口に合うといいのですけど。」
凛帆は東京から買ってきたお菓子の入った手提げ袋を差し出した。
「まあまあ、なんも気を遣わないでいいのに。」
と言いながらも嬉しそうに受け取る。
(『母さんは甘い物に眼がないから』って脩二さんの言う通りだったな。)
「おぅ、いらっしゃい!」
凛帆が通された客間に入ってきたのは、堂々としているが優しい表情をした男性、この家の主人――脩二たちの父親だ。
「はじめまして、よろしくお願いします。椎名凛帆です。」
凛帆は座布団を降りて座り直し、両手を揃えて頭を下げた。
「凛帆さん。そう堅くならないで、今日はゆっくりしていって。まったく脩二(あいつ)は仕事か?!」