第3章 廃校のバラード
凛帆とピアノ。
近所にピアノ教室があったので小さい頃から通っていた。中高生になって何度かコンクールにチャレンジしたが入賞出来なかった。
厳しい世界と聞いていたので音大などには進まず、きっぱりとピアノの道は諦めた。
しかし大人になってもクラシック音楽は好きで、脩二との趣味が一致したのも付き合う決め手となった。
最初のデートもクラシックコンサートだった。
脩二は楽器は特にやっていないとのことだったが、かなり聴き込んでいて批評は辛口だ。
「あの指揮者にはこの曲は向いてないな。金管はまあ良かったけど、オーボエは酷かったなあ。」
(『ピアノをやっていた。』とは言ったけど、耳の肥えた脩二にはとてもとても私のピアノは聴かせられない!)と凛帆は思っていた。
脩二からも決して『ピアノを聴きたい』とは言われなかった。
(どうしようかな………)
脩一が一箇所の窓を開けた。
ほんのりと潮の香りがした。
使い込まれたピアノの蓋を開けると白鍵が眩しかった。
(………弾いてみたいな。)
脩一は階段教室の一番前の特等席に座ってニコニコ笑っている。
「じゃ………少しだけ。」
ピアノの椅子がギィと音を立てる。
凛帆はスゥッと深呼吸した後、両手を鍵盤に置いた。
―――――ショパンのバラード。
いつかコンクールで弾いた曲。難曲だけど好きだった。また今の気分は――――この曲だった。
緩やかな導入部。
ピアノはきちんと調律してあって心地良い。
(あ、何となく弾き始めちゃったけど、どうかな?)
凛帆はチラリと脩一を見た。
脩一は机にもたれる様に座って目をパチパチさせていた。
(うっ、やっぱりこの曲は退屈だよね。ディ〇ニーかジ〇リにすれば良かった……)
『凛帆さんのピアノは独りよがりで人に聴かせようっていう気持ちがないわね。』
昔、ピアノの先生に言われた事を思い出した。
――――凛帆はピタリと弾く手を止めた。