• テキストサイズ

【夏目友人帳】海底の三日月

第4章 お伽話の法則


確かに退路は全て立たれていた。
でも、いやいやここに来たわけではない。
あの家を出たい、あの学校を辞めたいという間接的な理由で来たわけでもない。
かと言って、ここに来たい、そばにいたいという直接的な理由で来たわけでもない。
望まれて、悪い気はしなかった。断る理由がなかった。

そんな消極的な理由で来てしまったから、逃げ出したい臆病な自分を抑えておくのが難しい。
利用価値があるから私を妻にしようとしていることも知っているし、私が断れないようにいろいろと策を弄したことも知っている。
知ってて受け入れたわけで、決してここに来て幻滅したわけでも後悔しているわけでもない。
むしろ幻滅されたくなくて、後悔させたくなくて…。
長々言うまでもなく、要するにただの心配性なのだ。

「私も遊園地に行きたいって言おうとした、って言えばよかった…」
核心ではないけれど、嘘ではない。
暗い物置で膝を抱えていると、まるで怒られて閉じ込められて反省している子供のような気分になる。

「厄介な客が来ているのでしばらく離れにいてください」という的場さんの言いつけを破って母屋に来たのは、全く人の気配のしない離れに一人でいるのが怖くなったから。母屋の音が聞こえないばかりか、離れのどの部屋にも庭にも全く生き物の気配を感じない。順番に部屋を覗いていくが誰もいない。4部屋目を開けようとして、ふと怖くなった。

――「早く、家に帰ったほうがいい」
…人の気配のない家。
「ただいま。…お母さん?…お父さん?」
誰もいないリビング、誰もいないキッチン、誰もいない寝室。
シャワーの音が聞こえて安心して、脱衣所から「ただいま」と声をかけようと扉を…――

気がつくと裸足で母屋に駆け戻っていた。
戻ったはいいものの、ウロウロされては的場さんには都合が悪いのだろうし、近くの部屋の気配を適度に感じられる物置に身を潜めて今に至る。

雨が降りだしたのか水音が聞こえる。
「ウロウロしないので母屋にいてはダメですかって聞けばよかった…」
ああ言えばよかった、こう言えばよかったと後悔ばかりが浮かび、隠れているというのについ声を出してしまった。
口に出したら後悔が重みを増して心にのしかかってきた。
ため息をついている自分に気づき、木の柱を軽く3回叩いてごまかしてみる。
ため息をつこうが、誰も聞いていないのだけれど。
/ 44ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp