• テキストサイズ

キューピッドはスーツケース【赤井秀一】

第9章 episode.9  君が好きだよ。





「ユリ。」
「…………あ、…はい…?」

ウトウト。

もう瞼を開けていることができないくらいに寝惚けているらしい。

今何を言っても、きっと彼女は意識半分。
目が覚めたら覚えていないんだろう。

「………俺は。」
「ふぁい…」

悪いな。
こんなカタチでも。

「………。」

想いだけでも伝えていいか。

きっと君は忘れてしまうんだろうけれど。
俺のいない世界に戻る前に、少しだけ俺に夢を見させてくれ。

「…ユリ。」
「…はぁい……」

そうでもしなければ、今にも溢れてしまいそうなんだ。
頼む。これきりにするから。

これで諦めをつけるから…。

「ユリ、君が好きだよ。」
「…はぁ…そう……なん、です…か…」
「ああ。こんなに心を惑わされたのは君が初めてだ」
「う…?」

まるで聴いちゃいない様子で、半分夢の中にいる彼女に。

俺はそっと口付けた。

ちゅ、と軽くリップ音が響いた。

もうこれで最後。
これ以上はすまい。そう思いながら3度目にして最後のキスをした。

一方的なキス。
それはそうだ。彼女には気持ちがない。
俺のことは、せいぜい頼りになる兄のような存在程度にしか思っていないだろうからな。

「…ん」

重ねた彼女の唇から、小さく声が漏れる。

軽く触れるだけ、そしてすぐに離れるつもりだった。
しかし…ひとつだけ想定外のことが起きた。
彼女が…誰と勘違いしたのか、それとも夢の中で無意識に反応しただけなのか。
俺の唇の感触を確かめるみたいに…微かに啄んで応えた。

一方的なものだった口付けが、途端に愛しあう恋人同士のように変わって…
脳髄が溶けそうな、なんとも言えない堪らない愛しさが、波のように押し寄せて、ふるりと背が震える。
愛しいあまり、体が震えるだなんて…初めての経験だった。

俺はいつの間にか、酔いしれて。
更に彼女の唇を求める。

「…ふ、ん…っ」

ユリの少し苦しそうな声が漏れて、ぞわりとまた背を振るわせた。
…堪らんな。

スルリと、頭を撫ぜていた左手の指先を動かして、彼女の無防備な手のひらに滑らせる。
そっと彼女の指に絡ませれば、やんわりと握り返してくれた小さな手が愛おしくて、きゅっと指を絡めて繋いだ。



このまま、溺れてしまいそうだった。



/ 102ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp