第10章 じゅう
『帰りたいと言っても、術がないんだろう?』
「そうだな」
『……鶴丸』
「なんだ」
『それなら、簡単な話だ。その術を探しながらここにいればいい。アンタの古巣でもあるんだろ、ここは』
「だめだろ、それは。俺は君の主を今はもう主と思えないんだぞ?」
『じゃあどうしてそんな悲痛な顔をするんだ』
「そんな顔したつもりはない」
『未練があるからじゃないのか。お前の深層心理で、未練があるからここに、戻って来たんじゃないのか?
刀剣男士としては褒められたことじゃないが』
俺の、人間で言う心臓の辺りを軽く叩いた山姥切。
『ここに残っていたんだろう?』
「山姥切…」
『残っていて、忘れられなくて、戻って来たんだ。…アンタは』
「戻って来ても何も変わらない、変えられない。今更。君のことも見捨てていくんだぞ」
『それが定なら仕方ないさ。…ここはアンタの夢かもしれないしな』
「摘んで痛いのに?」
『夢だから、痛くないって誰が決めたんだ。痛みは人それぞれなのに』
「俺は待たせているんだぞ、」
『アンタの帰りを待てないほど、アンタの今の主は心が狭いのか?…それなら、尚更ここにいればいい』
山姥切の翡翠のような瞳が、はっきりと俺を捉える。
「どうしてそう」
『俺が主の初期刀で、主を1番に考えるからだ』
「初期刀って奴はみんなこんななのか」
『さぁな。もう遅い、ここも粗方片付いた。余計なことを考えるのは、疲れも関係するらしいと薬研が言っていたような気がする。
早く寝るぞ』
布を被り直して、俺を見る。
解決策もなければ、確かにどうしようもないと気持ちを落ち着かせる。
ごめんな、主。
思い出すのは、別れ際の少し歪んだ表情。
すぐには戻れないみたいだ。
俺の本当の修行は、今からなのかもしれない。
山姥切とは部屋の前で別れて、用意されていた布団に潜り込む。
目を閉じたら主の泣き顔が浮かんで、こんな時ぐらい笑顔がみたいだなんて、自分勝手すぎるよな。
…早く帰りたい。
そう思えるほど、きっと長く今の主といたんだよな。
始めの頃は、ここの本丸のことばかり想っていたような気がするのに。
山姥切の言う通りこれが俺の見る夢なら朝目が覚めたら、主の顔が1番に見たい。