第1章 いち
喧騒の中、溢れ落ちた命に周りの音が止まった。
涙は出なかった。
強く思ったのは、もう一度やり直したいと言う事。できるのであれば、もう一度。
激しい戦いの末、落ちた天井。
いつのまにか降り出した雨が、己の体温を奪って行くのを感じる。
『きみ、…』
きみは、こんなに頼りなくて、こんなに小さかったか?
『俺なんて、放っておけば良かったんだ…』
滴り落ちる雨が、鬱陶しい。
だけど、きみの涙みたいで。
『鶴丸国永』
『…なんだ』
『もう、戦いは終わりました』
『…そうだな』
『我々の勝ちです』
『…コイツが、息絶えたのに?』
『大変、言いづらいのですが。それでも、変わりは居るんです』
『…っ、』
『これからのことを、政府から言伝っています』
『…待て、アイツらは?』
『かなり消耗していますが、息絶えてはいません。最後のチカラによるものかもしれませんね。
ピンピンしているのは、貴方ぐらいですが』
『…そうか。…それで、俺たちはどうなるって?刀解か』
『いえ、そうではありません。今回の勝利も永続的なものではありませんし、戦いは続くでしょう。此度の戦で生き残ったものは、政府により手入れを受けていただき、』
淡々と話す狐の声に、俺はただ耳を傾けた。
要約すると、審神者は消耗品で、俺達は、命尽きるまで使われる道具だと言う事。
何を当たり前のことを言っているのだと、冷静に考えた。
それからこの本丸は解体となり、審神者だった物の亡骸とこの場所は時空の狭間へと葬られ、やがて時間と共に消滅するだろうということだった。
それを聞いてもやはり涙は出なかった。
『鶴丸国永、…審神者なき今、この空間に残された時間はわずかです』
『…わかっている』
『他の方々は政府の者により、回収が済んでいます。残すはあなただけです』
『あぁ』
抱きしめた身体を、そっと寝かせる。
せめて、装束を枕代わりにしてやりたいところだが、こんなボロじゃどうにも。
きみはふかふかの布団が好きだったのにな。
…こんな寒い中、こんな寂しい場所に、きみを置いていくのか。
『あぁ、すまない』
亡骸に六文銭すら持たせてやれないのは可哀想だと、自分の首飾りをこっそり外してその手に握らせたのは、きみにしてやれることが俺にはもうないから。