第1章 ソーダ海の味
「うーん……」
それでも、隣で唸りながら何か考え事をしているまふまふのことを、どうにかして助けてやりたいと思った。これでもなんだかんだここまで一緒に来た仲だ。せめて何かアイデアのきっかけになればと俺もスマホを手に取ろうとして思い出した。
「あ」
「何?」
「回覧板、回すの忘れてた」
町内で回っている回覧板。外に出るのも面倒な俺たちは回覧板を隣のポストに入れることさえ後回しにしてしまう。
「ああ、面倒だよね」
でも出さなきゃね、とまふまふに言われ、そうだねと受け答えながら、回覧板に何が書いてあったんだっけと中身を覗く。
「近くで夏祭りするんだって」
「夏祭り?」
「あの公園の」
町内会規模で小さな夏祭りが開催するらしい。こんなことやってるんだねと話しながら、興味ありそうだったからまふまふに回覧板を見せた。途端に、まふまふの目が変わった。
これだ。この目が、まふまふが歌詞を作る時の瞳だ。
俺は普通に人間として、その真剣な眼差しをするまふまふの目に惹かれていた。俺は歌うことは好きだし得意だと思っているけど、歌詞を作る力も技量もない。自分にはないまふまふの才能に、俺は密かに尊敬していた。
「ちょっと部屋行く」
「いちいち許可取らなくても」
だけどまふまふは俺の声が聞こえていないみたいだった。まふまふはリビングを離れて自室へと上がって行く。これから彼の作詞タイムが始まるのだ。俺は少しワクワクした。それはいつか、俺も歌ってみていいやつなのかな。
それにしても何から発想を得たのだろうかと、俺は回覧板へ視線を戻した。そこには夏祭りの告知が挟まっているだけ。俺は一人不思議に思いながら、次にまふまふが作った歌によって無事答えが判明する。
ソーダの海と涙の話が、夏祭りと結びつくとは、この時の俺は思ってもいなかった。
おしまい