• テキストサイズ

七十二候

第39章 菊花開(きくのはなひらく)


 道端から香る金木犀の香りが私の心を癒してくれる。まもなく音楽コンクール本選を控えていたこの頃は、予選のときと同じように意外と冷静で平常心を保てていた。
 コンクールで失敗しても失うものはないし、死にはしない。いい演奏はしたいけど、私は挑戦者として挑むのだから。フランス留学時代のように結果を出すことにそこまで固執していない自分は、本当に強くなったと思った。たぶん、仕事があることが気持ちの余裕を生み出しているのかもしれない。つくづく、幸せ者だ。

 午前中に秋田先生宅でレッスンを受け、ひたすら反復練習をした。もう曲が身体にしみついていて、緊張で頭が真っ白になったとしても、もう指が勝手に回るくらいにはなっているはずだ。
 今日の夜は新たに結成するアンサンブル団体の顔合わせをするのだが、それまでの時間も自宅でひたすら練習をした。自宅に帰ってスマホを見ると、今日は徹のチームは無事勝利したようだった。
「お疲れ様。試合、おめでとう! 次もいい試合ができるといいね」とメッセージを送り、作り貯めしていたおかずの写真も送った。鶏むね肉とほうれん草のクリーム和え。ビタミンA、βカロテン、ビタミンC……栄養の食べ合わせとしてもバッチリだ。

 そして夜、新宿の東口エリアの居酒屋へと向かった。楽器を持たずに飲みの席へ向かうのはかなり久しぶりで、荷物が軽いと逆に忘れ物したのではと戸惑ってしまう。
「初めまして。雨宮 萌です」
 メンバーに挨拶をする。メンバーは同い年のぬーぼー、バスクラリネット界で有名な6つ上の芸大卒の先輩、そしてひと回り上の大窪さんまで多様性に富んだ4人だ。まさか大窪さんと一緒にアンサンブルができるとは。
 それぞれ出身も師事した先生も違う。性別も得意としていることも違うバラバラの4人。なぜこのメンバーを招集したのか、ぬーぼーに聞いてみると「俺が知っているクラリネット吹きで尊敬する人」と言った。私については、きっと尊敬より興味の方が大きかったのだと思う。そして、彼も大窪さんに教わったことのあったそうで、やはり憧れていたそうだ。
/ 234ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp