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七十二候

第28章 蒙霧升降(ふかききりまとう)


 夜ご飯をご馳走になり、徹の部屋でブランコ監督が指導しているというバレーチームの試合をパソコンで鑑賞した。完全にクラリネットを吹くことのなかった日。そんな日は高校に入ってからほぼなかった。
「徹。今日は本当にありがとうね。息抜きになったよ」
「ううん。俺も楽しかった」
 そう言って徹はさらに何か言おうと迷っている様子だった。
「徹?」
「……俺さ、ちょっと迷ってたんだけど、プロを目指す。まだまだ足りないことがたくさんあるし、絶対これからももっと上手くなってさ。……んで、いろんなやつを倒す。萌みたいにお客さんを喜ばせたい、みたいな世のため人のためになるような崇高な目的じゃないんだけどね」
「いいじゃん。動機なんてそんなもんだよ」
 私だってただ私の演奏を家族が喜んだとか、そんな些細なことで音楽をして生きていくと決めたのだから。そして、徹がプロを目指してくれるのは私も嬉しかった。
 徹はふふっと笑ってパソコンを切った。
「いつか、プロになれたら海外だって挑戦したい。南十字星が見れる国かもしれないしそうじゃないかもしれないけど」
「海外……」
 将来のことをそこまで考えている徹に驚いた。私は海外なんて考えたことがなかった。漠然と芸大に行って、コンクールに挑戦して、プロになって……といった月並みなことしか考えていなかった。当然、日本人なんだから日本で演奏活動をするんだと思っていた。
「俺たちさ、このあとどこにいようとも、星空では繋がってるんだよ。だから、これからもお別れなんて意識しなくていいと思う」
「うん、うん……そうだね……」
 それは寂しいと思ったけど、この会話の流れでは言えなかった。いずれ離れ離れになる日がやってくる。私に耐えられるのだろうか。

「だから、吹奏楽コンクールは萌の夢の通過点。もちろん高校としての思い出になるし、それも大切にすべきだと思うけど、そこまで悲観しないで」
 徹はずいぶんと大人なんだなと他人事のように関心してしまった。対して、私はずいぶんと子どものままだ。
「ありがとう。もっと先のことを考えて演奏する」
「いや、真面目か」
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