• テキストサイズ

七十二候

第18章 菖蒲華(あやめはなさく)


 高3の定期演奏会の翌日、お互い部活がオフだった私たちは徹の家に集まっていた。
 私は昨日の徹の言葉を反芻していた。思ったよりも自分に響いたのだ。じっと徹の顔を見てみるけど、徹はいつもと変わらなかった。私だけが徹の言葉で心を掴まれているようだった。

「岩ちゃん……萌のお疲れ会のついでに俺の慰め会ってなに」
 徹がいじけながら飲み物とお菓子を用意してくれた。
「だって慰めろってうるせーから。今日は萌もいるし、全部兼ねてやるのがいいだろ。みんな忙しいし」
「萌に慰められるのはなんかしんどい」
「なんで?」と私は出されたアイスカフェオレを飲みながら聞く。
「いや、いいんだ……きっと分からないさ。男心なんか」
 徹はグラスの氷をストローでくるくるとかき回していた。
「確かに今は分からないけど、言ってくれれば分かるかもしれないよ?」
「おー言っちまえようんこ野郎」
「……やめろよ岩ちゃん。そして俺はうんこじゃない」
 やっぱり徹の言動は分からない。というか、食べ物飲み物を口にしているときはそのワードは止めて欲しい。見かねて話題を変える。
「二人とも、進路どうするの?大学?」
「俺はスポーツ科学系の大学。地元か東京かは迷ってる」
「前から言ってたもんね。徹は?」
「うーん。大学かなぁ。バレー続けたいから、いい環境でできるところがいいかな。たぶん」
「たぶん……」私はたぶんの意味を聞くべきか迷っていた。徹はこのところなんだか謎が多すぎる。
「受験勉強と部活の両立ってキツイよね。どれも疎かにできないもんね」
「そうだなー。萌はレッスンもあるし、ほとんど予定で詰まってるんじゃねえの? 及川、萌と日が明るいうちからこうしているのは貴重だぞ」
「分かってるよ! 岩ちゃんもこの及川さんという幼馴染との時間をありがたく享受することだな」
 徹が言うと、いつものように岩ちゃんに小突かれる。もう見慣れているので私は何も口にしなかった。
/ 234ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp