第8章 【夏油傑】ひとでなしの恋【R18】
ふと、何かの気配で目が覚めた。
朧げな意識の中、手探りでスマートフォンに手を伸ばす。
ディスプレイの眩しい光に目を細め、時間を見ると、眠りについてからまだ30分しか経っていなかった。
部屋の向こう、玄関に誰かの気配を感じるような気もするが、電気を点けて確認するのも億劫だ。
なにより、こんな深夜に誰が部屋に来ると言うのか。
ましてや鍵のかかった部屋に何者かが侵入できるはずもない。
ひどい眠気に襲われるまま、ぽすんと枕に頭を預ける。
キィィ、と扉の開く軋む音が聞こえ、同時に部屋の明かりがパチンと点けられた。
閉じた瞼に飛び込む光に顔を顰め、「だれぇ……?」と掠れた声でその人に問いかける。
そして、数秒遅れて勢いよく起き上がる。
心臓がバクバクと鳴って痛い。
眼前に映る、長く伸びた黒髪をお団子に纏め全身黒い服に見を包んだ男の姿に動揺を隠す事ができない。
数年前、任務先の住人を皆殺しにし呪術高専を追放されたかつての旧友がそこにいた。
「す、ぐる……。なんで……」
ゆっくりと近づいてくる彼に恐怖に襲われ、声なんて一つも出てこなかった。
ベッドに腰を下ろした彼はずっとにこやかに笑っていて、不気味さが一段と増した。
カタカタと震えるに夏油はそっと声を掛けた。
「……」
久し振りに聞く夏油の声は昔と変わらない、優しく柔らかい春の日差しのようだった。
内からこみ上げる何かをぐっとこらえ唇を噛みしめる。
聞きたいことはたくさんあった。
何故ここに居るのか、何故家を知っているのか、何故何も言わずにいなくなってしまったのか、何故一緒に……。
だがそのどれも今は聞いてはいけないような気がして、開いた口は静かに閉じられた。
彼女が何を言おうとしたのか夏油には分からないが、それでもすぐ届く範囲にあるスマートフォンを取らないところを見ると、この瞬間だけは許されたような気がした。