第30章 トゥルーエンド
「ちょっと、帰って来たらスーツはここに置いてよ」
「あ、ああ、そうだったか……」
些細なことだった、とパパは言っていた。パパは細かいことに気付くのが苦手で、いつもママに何か言われていた。買ったものは冷蔵庫に仕舞ってとか、片付ける食器の位置が違うとか、そういうこと。
だからパパは、仕事が早く終わっても、喫茶店に行って時間を潰していた。そんな時、喫茶店の若い店長さんが声を掛けてくれたんだって。
「最近、よく来てくれますよね。気に入ってくれて嬉しいです」
って。
そんな会話から始まって、その店長さんと話している内に、パパは少しづつママの話や私の話をしたらしい。そうして仲良くなった時、店長さんがこう言ったみたいである。
「それって、もし自分に何かあった時のために、貴方に覚えて欲しいからじゃないですか?」
スーツや冷蔵庫の仕舞うところも、食器の片付けも、もし自分が倒れて急に入院とかしても、パパが困らないようにママが言っていたんだって。
「店長さんと話していたら、妻に会いたくなりました。……今更ですが、謝りに行きます」
それで、謝る時に何か贈ろうって話になって、店長さんと出掛けたところをママが見つけて「浮気」となったらしい。
「ママにそのことを言ったら……」
私は言いかけたけど、パパは首を振った。そしてそれ以上、パパはもう言い訳はしなかった。
帰り際、ママが喫茶店の外で待ってるって連絡が来て、私は席を立った。そんな私に、パパはこれだけ言った。
「玄関の箒はまだあるか? 綺麗にして置くんだぞ」
私は、こくんと頷いた。