第2章 女子なんてうそだ
「ヤァッ! セィッ! トリャッ!」
一点の曇りもない青い空の下、小気味のよい調子を刻むのは赤い衣をまとった少年。
掛け声と共に突き出す棒の先は、丸めた布で覆われている。訓練用の”たんぽ槍”と呼ばれるものだ。
成長途中の小柄な体に体重を乗せる一撃は、昨日今日の努力では到達できないほど十全とした型をみせる。
「デェイッ!」
一層気合の入った声が響くと、空気を裂く強い振り下ろしが決まる。
パシャリパシャリ
少年の鬼気迫る勢いに押されたのか、池の中で赤白黒の鯉たちもがぶつかり合いを始める。
飛沫に虹がかかるのを見つけ、淵に駆け寄ると熱心にその姿を見つめる。
少年の姿に餌の時間と勘違いした一匹が口を開くと、続いて二匹、三匹が我先にと競うように少年の影に入った。
池の中はさながら戦場のよう、といっても元服までまだまだ時間のある彼は本物を知らない。
争う鯉たちに尊敬する父の姿を浮かべ、共に戦いの中に身を置く未来を頭の中に描いていた。
「弁丸様、いくら美味しそうでも鯉は食べちゃいけませんよ」
少年--弁丸が振り向いた先の人物をにらみつけ、その柔らかそうな頬袋を膨らます。
「変なことをいうな」
「どうですかねえ? この前鯉の餌を食べていたのを見てましたからね」
「子供のころの話でござる」
明らかなまでにがっくりとする弁丸をケタケタと笑い飛ばすは、父お抱えの忍びだ。
年は弁丸より十程上だが、他の忍びたちと比べるとまだ子供といってもよいくらい。
それにもかかわらず実力は大人顔負けで偵察から戦場での補助までこなし、弁丸の父の主である武田信玄から直々の指名まであるという。
それほどの凄腕でありながら、任務の合間を見ては弁丸の共も務めてくれる。
気安い態度はいつものことだが、今日はいつもの景色に溶け込む色彩の忍び服ではない。
風通しのよさそうな生成り。赤みがかった茶髪はいつものとおり後ろに流しているが、それを押さえる鉢金もない。
「佐助! もう父上様の仕事は終わったのか?」
「ええ、まあ。ほとんどは。正確に言うとコレの顔見せで最後ですよ」
佐助が視線を斜め下に向ける。つられて弁丸もそちらを見ると、横にいた小さな影が佐助の背に隠れる。
「顔見せ? 新しい忍びか?」
「ほら、若様がお望みだよ。なーに恥ずかしがってんのさ」