第1章 独眼竜なんて怖くない
合戦の音は遠く。
赤備えに天を仰ぐ二槍を構える真田幸村。対峙するは、蒼の羽織をはためかせ片手に三本、両の手で六本の刀を振り上げる奥州筆頭こと伊達政宗。
自軍の先頭に立ち、無我夢中で戦場を駆け、たどり着いた場所。己が瞳に映る宿敵を残し、他に人影はない。
途中で聞こえた従者の助言を聞き入れなかったことが、宿敵との逢瀬に繋がるとは僥倖。それも一騎打ちともなれば、自然と得物を握る手に力が入る。
両者がにらみをきかせれば、例えではない火花が咲き、じりじりとした熱が空気を焼く。
coolじゃねえなあと、政宗は幸村に向けて嘲笑を浮かべる。
「真田幸村!」
「……っ伊達政宗」
先に名を呼ばれた幸村の足が砂利を鳴らす。
「どうした? 川中島の時みてえな熱さがねえな、ハライタか」
兜を飾る月を傾け、ふっと鼻で笑う政宗。
「なんの。貴殿こそ覇気が足りないのではござらぬか」
幸村も政宗を真似て笑ってみせる。
「Ha,上等じゃねえか! ハライタでも手加減はなしだ! Are you ready!」
政宗の言葉に槍に炎をまとわせることで幸村は応える。
互いの呼吸音が共鳴し、お互いが狙い合わせたかのように同時に地面を蹴り飛ばす。
先に刀を振るったのは政宗だったが、
「なっ!?」
その切っ先は空を切った。幸村を狙った真っすぐな軌道。できることといったら槍で防ぐことくらいだったはずだ。相手が消えるなどとは想像をしておらず勢いそのままに突き抜ける。どうにか踏みとどまり、振り返るが、幸村の姿はなかった。
「ごめんねえ。八つ刻なのよ」
幸村を探す政宗の頭上からふざけた台詞が降ってくる。
その方を見れば、優雅に飛ぶ巨鳥。声の主はその足にぶら下がり、器用にも抱えていた。政宗に向かったままの姿勢の幸村を。
「ふざけんな、猿! 真田は置いてけ!!」
「ははっ、やーなこった。あんたももう帰ったら? 右目の旦那が探してたぜ」
猿呼ばわりに声を荒らげることもなく、真田幸村の従者である猿飛佐助は愉快そうに声をあげる。
巨鳥はさらに高度が増し、その表情は政宗からは見えない。
が、政宗にはわかっていた。あのいけ好かない金魚の糞が余裕の笑みを浮かべているのだろうということが。
残された政宗は地面が割れるほどに盛大な地団太を踏み
「Shit! 真田幸村ぁぁあ!!!!!」
彼方に向け叫んだ。