第2章 女子なんてうそだ
「なっ! あっはああっ……」
「ど、どうしたのさ、若様!」
突然もがき、苦しみだした弁丸に佐助が慌てる。
「はーー!! 破廉恥っっつ!!!!」
「ぐふぉああ!!!!」
弁丸から繰り出されたのは幼子とは思えないほど強烈な体当たりだった。
優秀な忍びも予期せぬ攻撃は避けられず。弁丸の勢いに押され、鯉たちがひしめき合う池へと向かって吹っ飛んだ。
かなり派手な水柱がたったが、弁丸はそちらに見向きもせず、つかつかと小助の方に向かう。
赤い顔を隠しもせずに、近づきすぎず遠すぎずの距離から小助にくってかかった。
「おぬしも紛らわしいぞ! 女子なのに何故男の名前なのだ!!」
「あの、ごめんな、さい。お館さまにお仕事の際にはこれを名乗るようと」
「な、なんと羨ましい! お館様に戴いた名であったか!」
弁丸は鼻息荒く、両手を天に突きあげる。
お館様こと武田信玄は、父の主君であり無二の友人。弁丸が憧れと尊敬の念を抱く武士の中の武士だ。
「んっ? では本当の名はなんというのだ」
親からの名前はないのかと首をかしげる。
「うめ……でござる」
「そちらの名もよいな。よし、うめ。おぬしが仕事でないときはうめと呼ぶことにしよう」
年少組が新しい関係を築き始めたのを横目に、池の中で尻餅とため息をつきながら、佐助はひとりごちる。
「俺様置いてけぼりでちょっと寂しい」
佐助の落下地点から逃れた鯉たちが慰めるかのようにちゃぷんと虹をかけてやった。