第2章 狂夜に憂う月
息を詰まらせる程の、血腥い匂い。
眼前には変わり果てた、愛しい存在。
もう光を宿さない、虚ろな瞳。
噴き出す鮮血と、溢れ出る臓物(はらわた)。
深紅に濡れた青白い肌。
生温かく、酷くぬめった感触に、己の両手を見つめる。
透けるように白い筈のそれは、べったりと、同じ深紅に染まっていた。
!?
まさか…
俺が…
殺した!?
嘘だ!
絶対に嘘だ!!
そんな筈がない!!
こんなにも愛おしいを、何故…!?
「ちょっと、大丈夫!?起きてっ!しっかりして!!」
「!?っ!!」
「大丈夫?かなり魘されてたけど…わっ!?」
薬売りは飛び起きるや否や、の腕を強く掴んで引っ張り、感触を確かめるように撫で回して、顔を擦り寄せる。
「…!?」
「嫌ぁ!何!?何なのっ!!」
凄まじい力でに縋りついて来て、寝巻をはだけさせ、露わになった胸から腹を両手で何度も撫で、顔をうずめて来る。
「傷は!?傷はっ…!」
「傷?何の事!?」
「血がっ…!!」
「大丈夫、落ち着いて!」
は薬売りを抱き締め、頭や背を撫でて、何とかなだめようとする。
事の起こりは、昨夜。
何があったのかは分からないが、余程強大なモノノ怪を祓ったと見えて、想像を絶する程、疲労困憊しての元に戻って来た。
は薬売りのそんな姿は今まで見た事がなく、唖然としながらも何故そうまでしてモノノ怪を斬るのか…と考えざるを得なかった。
そして薬売りは部屋に上がり込んだ途端、畳に倒れ込んでしまった。
「ああっ、大丈夫?寝巻は?布団は?」
「面倒くさい…」
それきり泥のように眠りこけてしまった。
は、世にも妖しく美しいその寝顔に見惚れながらも、憐憫の情を抱かずにはいられなかった。
それで仕方無く、は傍らに自分の布団を敷いて眠る事にしたのだった。