第11章 熱発
玄関のドアが開く音に、キッチンの暖簾をくぐる。
廊下への扉を開けると、靴を脱ぐ背中が振り返る。
「おかえりなさい」
「ただいま」
お土産、と渡されるパティスリーの箱。
「ありがとう」
見上げると、嬉しそうに頭を撫でる左手。
「仕事で『Charlotte』の近くまで行ってな。ジウが好みそうなの、買ってきた」
ニッ、と笑う彼を見上げる。
「どうした?」
30cmほど上の顔を見つめた。
「シャンクス、あなた」
「ん?」
じっと覗き込むと、なんだよ、といつもみたいに笑って戯けてみせる。
けど、いつもと違う。
「熱、あるでしょ?」
「...まさか。」
ローテーブルに箱を置くと、ないない、とキッチンに逃げる背中を追う。
「ほら、パーキングからちょっと走ったんだ」
「ケーキ持ってたのに?」
いつものように手を洗って嗽をする。
「あー、走るっても、ほら!早足くらいで」
「なんでいつもサンダルなのに革靴なの?」
ええっと、と口籠る。
「なんで、いつもより煙草の匂いがしないの?」
彼が一人、車で来るときは、パーキングからここまでに一本ふかしながら歩いてくるのが定番なので、カフェオレのような香りがいつもより薄いことに違和感があった。
キッチンの壁に追い詰めると、ホールドアップして苦笑いする。
「そんなに高い熱じゃない。ちょっといつもよりあるってだけだ」
大丈夫、とへらり、笑う顔に、もう!とキッチンを出てテレビ台の下から救急箱を取り出し、体温計を彼につき渡す。
少し渋った彼だったが、ん、と強く押し付けると、わかったよ、と大人しく座って少し、襟を捲った。
ピピピッと鳴った体温計。
シャツを覗き込んで液晶を見るシャンクスが、微熱だ微熱、と笑う。
「誤魔化そうとしない。追い出すよ」
ええ、と零しておずおずと返される体温計。
「38.9が微熱ですか?」
ジロ、と見やると、すいません、と口元を引き攣らせている。
「着替えて寝て。まさか、運転してきのっ?」
腰に纏わりつくシャンクスを、布団敷くから、と離そうとするが、嫌だ、と首を振って離れない。
「なんでよぉ、悪化するよ?」
ボソ、と言った言葉が聞き取れず、なに?と耳を傾ける。
「いやな、ゆめをみる」
だからやだ、とお腹のあたりに額を擦り付ける赤い髪。
仕方ないなぁ、と熱い大きな背中をゆっくりと撫でた。
END