第2章 【呪術】思い出は薄氷の上に
奈緒は焦った。
これは言ってはいけないことのような気がする。
どうしていけないのか、明確な理由は分からないけれど、漠然と何か取り返しのつかないことになると……
「き、きっと七海さんの知らない人だと思います……っ」
咄嗟に嘘が出てしまう。
口にした後に言いようもない後悔が押し寄せ、奈緒は俯いた。
自分と同級生ということは先輩である夏油さんのことも知っているはず。
これまで七海さんは一切嘘をついていないのに、私は……!
ちょうどその時、注文した飲み物を店員が持ってくる。
目の前に置かれたカフェオレに手をつけられずにいると、紅茶を一口飲んだ七海が静かに息をついた。
「……言いたくないのなら無理には聞きません。ですが先程、勝手に出てきてしまったと言っていましたね、私が声を掛けた時も思い詰めていたようでしたし……何か悩みがあるのではないですか?」
その言葉に奈緒はハッと顔を上げ、しかしすぐに下を向く。
「……私、」
はたしてこんなことを話していいのだろうか?
彼を困らせてしまうだけなのでは……
ただ、どうしても自分の中でこの感情を消化できないことも事実だった。
「……七海さんは呪術師と非術師って知っていますか?」
「はい……」
「私を助けてくれた人は記憶喪失の私にすごく優しくて、双子の娘さん達にもとても慕われている人なんです。でも……」
気づくと己の張り裂けそうな胸の内を取り留めもなく話していた。
記憶を失くして自分の名前すら分からなかった時にここにいていいと言ってくれたこと、
菜々子と美々子に勉強を教えてとても懐いてくれたこと、
だが、そこにいる者達は幼い姉妹を含めて全員が非術師を『猿』と呼び、忌み嫌っていたこと、
その優しさと冷酷さにあまりにも落差がありすぎて自分にはとても理解できなかったこと。