第2章 【呪術】思い出は薄氷の上に
「ま、待ってください……っ!」
気づくとスマホを持つ彼の腕を思いの外強く掴んで引き留めていた。
「貴方はどなたなんですか?私、どこかに連れていかれるんですか?そ、それは困ります」
奈緒の狼狽した表情を見て七海はすぐに伊地知への電話を切った。
自分の感情を優先して先行してしまったが、彼女は記憶喪失だ。
いきなり知らない男に声を掛けられ、どこかに連れていこうとしている今の状況……戸惑うに決まっている。
「すみませんでした、貴女の事情も考えずに……私は七海建人といいます。学生の頃は貴女と同級生でした」
先程呼ぼうとしたのは自分達の後輩で、彼を通して先輩であり、医師でもある家入に奈緒のことを診てもらおうとしていたことを説明する。
それを聞いた奈緒は頭を下げた。
「私の方こそすみません。私のためを思ってくださったのに……でも、私には待ってる家族がいるんです。血は繋がってないですけど、とても大切な家族が……」
そうだ、
夏油さんや菜々子ちゃんと美々子ちゃん、顔を合わせる機会は少ないけれど菅田さんや袮木さん、ラルゥさん、ミゲルさん……
皆で食卓を囲む時は本当に楽しくて、暖かくて……!
私にとってかけがえのない大切な人達なんだ。
離れてみて初めて分かった。
込み上げてくる涙をぐっと堪えて奈緒は顔を上げる。
「私、帰ります。勝手に飛び出してきちゃって皆心配していると思うので……」
来た道を引き返そうとした奈緒を今度は七海が引き留めた。
最初に声を掛けた時に見せた強張った表情が気になったからだ。
“勝手に飛び出してきた”と言っていたし、何か思い悩んでいるのではないか?
自分が助けになれるとまでは思えないが、記憶を失くしても生きていてくれた彼女を放っておくことなどとてもできなかった。
「少しだけ……お時間よろしいですか?」