第2章 【呪術】思い出は薄氷の上に
そう奈緒が話すと、七海は奈緒の手を離した。
呪霊に飲み込まれたのか…記憶喪失は後遺症なのか、術式なのか…。
本当に記憶が無いだろう奈緒を見て、七海は考えた。
しかし、本当に考えるべき事はそんな事では無かった。
『誰が奈緒にその情報を教えたのか』
ソレを考えれば、答えは全て出ていたのかもしれない。
だけど、亡くなったと思っていたかつての同級生が、こうして目の前に現れてくれた奇跡が、七海の思考を少し鈍らせていた。
「……分かりました、取り敢えず伊知地君を呼んで家入さんに見てもらいましょう」
そう言って七海はスマホをスーツから取り出した。
「え?」
その七海の言動に、奈緒は慌てた。
このまま何処かに連れて行かれるのは困る。
奈緒の頭の中に、夏油と美々子達の顔が浮かんだ。
七海について行ったら、もう夏油達に会えなくなると直感で分かった。
夏油は奈緒に自分達は呪術師とは相対する存在の様に説明していた。
目の前の七海は、夏油が言っていた様に呪霊から人間を守る存在で、
夏油達は人間を駆逐する存在。
混乱している奈緒の前で、七海が誰かと電話している。
その姿を見て、痛い位の心臓の鼓動に、胸を掴んだ。
夏油から懐かしさを感じた様に、今、目の前に居る見知らぬ男の人も同じ様に感じた。
待って……まだ……私は…。
何も決められていない。
七海の手を取って帰る場所が自分の居た場所だとハッキリ分かるのに……。
『…………久織さんが好きなだけここに居ればいいよ』
そう目を伏せて、悲しそうに笑顔を作って言った夏油の顔が頭から離れない。