第2章 【呪術】思い出は薄氷の上に
クライアントとの打ち合わせを終えた七海は足早に会社に戻る道を歩いていた。
今日の打ち合わせ内容のまとめ、明日の朝一までに仕上げなければならない資料の作成、戻って早く取り掛からねば。
すると、ふと懐かしい気配とすれ違った。
「っ!」
考え事をしながら歩いていたので反応が遅れたが、間違いない。
それは亡くなったはずの……
「久織さん!?」
振り返った奈緒と目が合うと、七海は目を細めて奈緒を見た。
……生きていた…。
そんな安堵の気持ちから、目線を俯かせると、ゆっくり奈緒に向かって歩いて来る。
呼ばれた声は知らない声だった。
顔を見ても、やはり誰だか分からない。
なのに、人混みを掻き分けて、真っ直ぐ自分の向かって来る男性を見ながら、この胸は確かに痛んだ。
どんどん自分に向かって来る見知らぬ男の人に、奈緒はゆっくりと目を伏せて涙を一雫だけ流した。
奈緒の目の前に来ると、七海はゆっくりと奈緒の手を握った。
幻ではないか確かめる様に、奈緒の手に温もりを感じると、やっと七海は奈緒が生きていたと実感した。
「……生きていて…良かった……」
ポツリと七海が溢した言葉に、胸がぎゅうっと締め付けられて、涙が溢れてきた。
記憶が無くても、何の説明も受けなくても分かる。
この手の温もりが自分の居場所だったと、ハッキリ教えてくれる。
奈緒は握られている手を払わず、もう片方の手で自分の涙を拭った。
「……あの……私……、記憶が無くて…貴方の事分からないんです…」
奈緒の言葉に七海はびっくりした顔をすると、俯いている奈緒の表情を見て、奈緒が嘘をついていないと理解した。
「…ご自分の名前は?」
「…教えて貰ったので知っています…。自分が今まで呪術師をやっていた事も…呪霊に飲み込まれて記憶を失った事も教えて貰いました」