第2章 【呪術】思い出は薄氷の上に
ここの人達は……。
夏油が優しく接する人達は、人を『猿』と呼んでいた。
その事実に足元がふらついて、夏油の袈裟を掴んでそのまま夏油に縋りついた。
「夏油さん……『猿』って何ですか?……あんな幼い子が人を指差して『猿』なんて言って……おかしいですよ」
顔を俯かせたまま、奈緒は夏油を見ないで言った。
顔色は相変わらず青白くて、今にも倒れそうなのを夏油にしがみ付いて堪えている様だった。
「……人を『猿』なんて呼んだ事はない」
夏油の言葉に奈緒は顔を上げた。
自分を見下ろす夏油の表情に、背中にゾクリと悪寒が走った。
「アレは『猿』以下の生き物で、利用出来る『猿』とそれ以外の『猿』以外の何者でも無い」
夏油の袈裟を掴んでいる自分の手が震えている。
奈緒は嫌悪感を隠しもしないで『猿』と呼び続ける夏油に目を細めた。
記憶を失って、ここで過ごして来た中での、自分に見せてくれた優しい夏油はそこにはいなかった。
いよいよ倒れそうになった奈緒を、夏油はスッと抱き上げた。
自分に触れてくる夏油の腕は優しいままで、余計にその発言に頭が混乱して、奈緒は夏油の首に腕を巻いてぎゅっと抱き締めた。
奈緒の部屋に入ると、夏油は奈緒をベットに下ろそうとするが、首に巻き付いた腕は離れようとしなかった。
「………私も……『猿』です…か?」
そう力無く耳元で言った奈緒の言葉に、夏油は目を伏せるとそっと奈緒の頭を撫でた。
その夏油の仕草に奈緒は涙を溜めると、今度は下ろそうとする夏油に、掴んでいる腕を離した。
ベットの端に座ると、顔を上げて夏油を見上げた。
夏油はスッと一体の呪霊を出した。
その呪霊を見て、奈緒の体がビクッと反応した。
奈緒には記憶が無いが、その呪霊は奈緒を飲み込んだ呪霊だった。